2025-01-16

朝7時、夜行バスでバスタ新宿に到着。大きなスーツケースと共に、マチルデが滞在している四ツ谷のマンスリーマンションに向かう。

去年の11月と12月、私は島根県の温泉津町に“アーティストインレジデンスの運営サポート”という名目で2ヶ月間滞在していた。小林さんというデザイナーの人が温泉津で里山再生などの活動をしていて、そのフィールドを拠点にアーティストインレジデンスを始めるとのことでサポートスタッフの募集があった。この募集に出会えたのは、LIVE DESIGN SCHOOLというカルチャースクールのようなものに参加していたからだった。

さらに遡って2024年の元旦、能登で地震があった。私は富山県氷見市という能登半島の真ん中あたりの町に住んでいる。初詣から帰ってきて、再びベッドに入ってゴロゴロしている時に地震がきた。大きな古い家はミシミシと音を立てながら長いこと揺れ続け、私は壁に立てかけてあったテレビが倒れないように支えながら、これは倒壊するかもな、と、半ば諦めたように思った。幸いにも我が家は揺れに耐え、今も住むことができている。

もう1年以上前のことなのであの時の新鮮な感覚は思い出せないけど、それなりにダメージがあった。そもそも2023年の後半から鬱気味だった私は地震をきっかけにほとんど制作をしなくなり、市役所の臨時職員として災害対応の仕事をしはじめた。市役所で働きながら、これからどうしよう、とぼんやり考えている時、ツイッターで原研哉さんがLIVE DESIGN SCHOOLの宣伝をしているのを発見。その宣伝ツイートは「飛び込むなら、扉が閉まる前に。」という一文で締めくくられていて、軽率な私はどんな学校なのかよくわからないまま、とりあえず申し込むことにした。

LIVE DESIGN SCHOOLではいろんな地方の地域で活動している11人のデザイナーが講師を務めていて、参加者は好きな地域を選んでそのフィールドに学びに行くことができる。通常は2泊3日くらいでプログラムが組まれていて、私は奈良県東吉野村の坂本さんのところに行ったりもした。

温泉津でのアーティストインレジデンスのサポートは番外編のようなプログラムの中の1つだった。募集枠は上限3名に設定されていて、蓋を開けてみると応募者は私1人だけとのこと。市役所の災害対応の仕事は9月いっぱいで終わっていて、やることもないし、それならレジデンシーが行われる期間丸々滞在してみようかな、ということで2ヶ月間温泉津に滞在することに。このまま能登にいても自力で制作を再始動させる元気がなかったので、どこかに行けるのは有難かった。

その温泉津でのアーティストインレジデンスに参加していたアーティストの一人が、マチルデだった。オランダにあるMONO JAPANという会社と共同運営のプログラムなので、オランダ在住のアーティストが対象。マチルデともう1人、マーンというフォトグラファーが参加していて、楽しくて優しい2人とわずかな英語力でコミュニケーションを取りながら、留学に来ているような気分で2ヶ月を過ごした。

プログラムが終わり、マーンはすぐにオランダに帰国したけど、マチルデはそこから1ヶ月間この四ツ谷のマンションに住んで東京を満喫している。事前に教えてもらっていたパスワードで鍵を開けて部屋に入るとマチルデはまだベッドの中にいて、「Hey Yukiii」と言って両手をひろげて出迎えてくれた。「千葉のアーティストインレジデンスにユニットで応募しよう!」とマチルデが誘ってくれたので、今日はそのための準備をする約束をしている。マチルデがシャワーを浴びるのを待ってから、一緒に近所のサイゼリヤに行き、ドリンクバーを飲みながら打ち合わせをした。マチルデはオランダ在住のイタリア人。サイゼリヤのピザは「まあ悪くはない」らしい。私が頼んだたらこスパゲッティも食べてみてと勧めたけど「No」と断られた。

夜はたまたま日本旅行中だというマチルデの友達と合流して新宿のスシローに行き、その後ゲームセンターに行ってプリクラを2回撮った。